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薬指の標本  

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随筆でも小説でも読み始めから惹き込まれるような作品はほぼ間違いなく素晴らしい作品である。当たり前かもしれないが本屋で本を選ぶ際には先ずタイトルで決める。次に表紙、目次、そして書き出しである。この書き出しというのは非常に大切なもので読破できるかどうかはここに懸かっているといっても過言ではない。‘タイトルと表紙に騙されたー’ということは結構あったりするが、‘良かったの書き出しだけじゃんー’ということは稀だ。

ここで「kakidashi」という面白いサイトを見つけたのでご紹介 http://kakidashi.com/ (PC推奨)
タイトルや表紙で切り捨ててしまっていたけれど読んでみると良かった なんて作品も結構ある。視点を変えて書き出しから選んでみると良い本と出会えるかもしれません。

さて、わたしが初めて小川洋子著「薬指の標本」読んだのはいつだったか。
もちろんこの作品はタイトル買いをした。「薬指の標本」という文字列自体標本にしたいと思うほど美しいし、その文字に触発され溢れ出る心象風景を抑えることができなかった。細かな描写によって夢幻的な世界へと誘われる。読み終えて本を閉じると同時に今まで四方八方散らばっていた文字や空想物たちが本の中へ一気に吸い込まれ、現実の世界に引き戻されるのだが、しばらく白昼夢から抜け出せずに無気力状態でいたあの感覚を今でもはっきりと覚えている。何度読み返してみても変わらず良いという稀有な作品。きっとこの先も幾度となく読み返すが色褪せてしまうことはないだろう。
しかし薬指の標本が映画化されていると知った時には複雑な心境だった。素晴らしい原作が映画の中でぶち壊されてはいないだろうか、原作の世界観がどこまで表現できているのか不安だった。よく調べてみるとL' Annulaire(薬指の標本)はフランスの女性監督によって映画化されており、内容は原作にはないシーンが若干付け加えられてはいるものの、ほぼ忠実に再現されているようだ。レビューを見ても高評価、原作を超えた等絶賛している人も多かった。実際予告篇を観て不安よりも期待の方が大きくなった。音楽も良い。

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舞台となるのは森の中に建つ古い標本室、建物の構造や内装は原作の描写と少し異なるが標本室独特の雰囲気は一致する。というよりもむしろ映画の中の標本室の方が魅力的で今まで思い描いていたわたしの標本室イメージが吸い込まれて行ってしまった。原作での建物はロの字形になっており、その真ん中には緑豊かな中庭が広がり差し込む陽射しが仄暗い室内を照らしているという構図で、冷たい標本室の中にも自然の生が感じられていた。わたしのなかでこの中庭という場所はかなり印象的だったので無視してほしくなかったのだが残念ながら映画の建物に中庭は存在しなかった。が、それはそれで良いとも思えた。

炭酸飲料工場に勤務していた主人公イリスはある日その工場内で事故を起こし、左手薬指の肉片をサイダーの中へ落とした。その事故のためにイリスは工場を辞め、サイダーも飲めなくなった。

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新しい仕事を探すため港町へやってきたイリスは森へ迷い込み標本室へと辿り着き、ドアに貼ってあった標本作製の事務員募集の紙を見てベルを鳴らした。中から出てきたのは白衣を身に纏った中年男性、標本技師である。イリスは翌日からこの標本室で働くこととなる。
この標本室は看板を出しているわけでも大々的に広告を載せているわけでもなく、話題の場所というわけでもないのだがそこそこの人数がやってくる。訪れる人たちは皆、標本にしたい思い思いの品々を持参してやって来る。その品々を標本瓶の中に永遠に閉じ込めるのだ。完成した標本は依頼人に返却されることはない。標本は全てこの標本室で保存・管理されている。この標本室は研究室や博物館とは異なるので誰でも自由に標本の鑑賞ができるわけではない。標本と対面できるのは依頼人が自分の依頼品を鑑賞する場合に限る。しかし、自らの意思で永遠に封じ込め乖離させ完結させたものと再び対峙しようと訪れる依頼人はほとんどいない。よって標本室で行う事は概ね標本の製作と保管の二点のみ。イリスは標本作製に携わるわけではない、あくまでも標本室の事務員だ。仕事内容としては主に来客の対応と標本製作に必要な手続きの遂行である。
ちなみに標本製作費は標本技師が決めるのだが、だいたいレストランのフルコースのフランス料理一人分とのこと。こういう意味不明な怪しい処で請求される金額は桁違いの詐欺紛いだと想像するが、その値段ならわたしも何点か依頼してみたい。

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わたしたちが「標本」と言われて思い浮かべるものといったら植物標本、昆虫標本、鉱物標本、骨格標本などであるが、この標本室で扱う標本は特殊なものが多く、上記のようなごくありふれた標本は少ない。例えば原作文中から抜き出すと「焼け跡に残ったキノコ」「尿路結石」「ヒヤシンスの根球」「元恋人から贈られた楽譜の音」「ビーカーに入った精液」等

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イリスが勤める少し前にある少女がこの標本室を訪れた。その少女は火事によって家族を、全てを失っていた。頬には薄らではあるがしかしはっきりと火傷の跡が残っていた。彼女の依頼品は「焼け跡に生えていたキノコ」、燃えて無くなった全てのものを、このキノコと一緒に封じ込めたかったのだ。微かに黄緑色をした重い液体に満たされたビーカーの中でゆっくりと浮遊する白いキノコと小さな気泡たちはとても煌びやかで美しかった。この耽美で印象的な映像からオープニングクレジットが始まる。

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かつてこの標本室は女子寮だった。その女子寮を標本技師が買い取り今の標本室となったのだ。しかし全ての部屋が標本室になったいう訳ではない。というのはこの女子寮が廃れる前からこの寮に住み続けている二人の老婦人が今も尚いるからだ。一人は309号室婦人、昔はピア二ストで立派なアンティークピアノを持っている。もう一人は223号室婦人、昔は電話交換手で今は趣味で手芸をしている。彼女たちは標本室の業務に直接的に関与することはない。

特殊な業務にも慣れ始めた頃、イリスは標本技師に案内され地下にある浴室へと向かう。アーチ状の柱が並ぶ浴室には青いタイルが敷き詰められておりまるで小さな宮殿のよう。もちろん浴槽に水は張られておらず、底が露になっている。閑散とした空間に広がる独特の空気と緊張感が充満していた。そこで標本技師はイリスへ靴をプレゼントする。寸法を測ったわけでもないのに厳密に測って作られたかのようにピッタリと足に嵌った。標本技師なので足の寸法くらい見ただけで分かるらしい。変態、、 原作では「かっちりした黒い革靴」となっていたが映画では「フラットなワインレッドの革靴」であった。この靴はとても重要なアイテムで、それ故忠実に表現してほしかったのだが…デザインも何だか陳腐すぎる。それにしてもなぜあんな側面がら空きの開放的なデザインにしたのだろうか。

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靴はフェティシズムを象徴させるアイテムでなければならないと思う。もっと優しく足を覆うように、それでいてしっかりと封じ込めて離さないように縛り付けていなければならない、革紐をきつく縛り上げるくらいでは全然足りていない。肉体的にも精神的にもこの靴に侵蝕されなければならないのだ。その点で良かったのは靴の履かせ方。標本技師自らイリスの靴を脱がせ新しい靴を履かせるのだが、その履かせ方がたまらなく良かった。手で足を包み込みゆっくり足を靴の中へと誘う、革と皮膚の擦れるキリキリという音が浴室に響き渡る。そして標本技師の視線はいつもより増して鋭く、まるで標本ピンの先端のよう。

作中で標本技師はイリスに「これからは毎日その靴を履いてほしい」「僕が見ている時も見てない時もとにかくずっとだ」と囁いている。実際ストーリーが進むに連れイリスはこの靴によって縛られ、ついに標本技師から離れられなくなるのだ。


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しかし腑に落ちない。そもそもこの2人は恋人同士というわけではない、問題はその曖昧な関係性はではなく靴をプレゼントするまでに至る時間が短すぎるという点だ。ここに関しては原作でもかなり違和感があったのだが、映画ではもっと顕著だ。原作ではイリスが標本室に辿り着いてから約15ページで靴をプレゼントされている。ページ数で伝えてもしっくりこないかもしれないが前触れもなく唐突に「とにかく毎日履いてほしい」なんて靴をプレゼントされている。ただ、原作では「君はここ一年間標本のために誠実によく働いてくれた、そのお礼に」という一節がその違和感をなんとかフォローしている。しかし映画ではどうだ、その台詞もなく流れ的に見ればものの三日程で靴をプレゼントしている。原作の‘一年間’で無理矢理 軌道修正を試みたが違和感は払拭できなかった。それもそのはず実際映画では三日程で靴をプレゼントしているのだった。
それを証明するのは223号室婦人とイリスの会話、ストーリーもクライマックスへ差し掛かる辺りで233号室婦人がイリスにここへ勤務してどのくらい経つのかと尋ねる。その質問に対し原作では一年と四ヶ月と答えているが映画では同時点でたぶん二、三週間程度だと答えている。つまり、この映画自体が一ヶ月以内で完結してしまうのだ。いくら何でも期間縮めすぎでしょっていう。
答え方からみても分かるように、原作の主人公と映画の主人公を相照らすとその人物像にかなりのズレが生じている。原作の主人公はしっかり者という印象であるが、映画の主人公は正反対といっても良いくらいに鈍いし子どもっぽい。動作はそそっかしく落ち着きも無い、平気で遅刻をする上詫びの言葉もない、音の標本依頼は何の躊躇いもなく快諾したのに影の標本依頼は形の無いものは標本にすることはできないという理由で断る。映画の主人公は他者に対する配慮が欠落している。これはフランス人と日本人の文化の違いからくるズレなのだろうか。

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223号室婦人との会話で時間の経過が明白となり、わたしの映画に対する共鳴はいよいよ難しくなった。この物語にスピード感は必要ない、むしろ逆で時間の経過と共に凝縮されていかなければならないのに…
物語も終盤に差し掛かる。焼け跡に残ったキノコの標本を依頼した少女が再び標本製作を依頼しに標本室を訪れた、少女が次に製作依頼したものは「火傷の跡」の標本だった。無論、火事の時に自らの頬に付けた傷跡である。依頼を請けたイリスはその特殊な依頼品に戸惑い標本技師を部屋に呼ぶ。標本技師は少女に標本の製作と傷跡の治癒は全くの別物だということを告げる、少女が頷くとその依頼を承諾した。依頼品を視るため標本技師は少女の頬に触れる、標本技師の指は頬の傷跡の凹凸を静かに辿る。そっと優しく傷跡を撫でる様は検品というより愛撫に近い。イリスはこのときにはもう靴によって身も心も標本技師に捕われていた為、二人の姿を見て密かにジェラシーを燃やすのであった。

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火傷の跡を標本にするため、標本技師は少女と共に秘密の地下標本技術室へと消えていく。この技術室は原作でも映画でも内部が明らかとされない謎めいた部屋だ。その部屋は標本技師以外が出入りすることは許されていない。イリスも例外ではなかった。少女が技術室へ入って以来、イリスの頭の中は少女と標本技師のことで一杯だ。数日経って標本が出来上がっても良い頃になるとイリスは火傷の跡の標本を探しに保管室を廻るのだが、いくら探しても目当ての標本が見つかる事はなかった。気になって仕方のないイリスは標本技師に自分も標本技術室へ入りたいとお願いするも断られる。そこで自らの薬指を標本にしてほしいと標本技師に依頼するのだった。

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何かに詰めたり封入したり標本として対象物を封じ込めるという行為そのもの自体ある種のフェティシズムといえよう。生の記憶から引き離し、静物と化した対象物は自ら何も語らない。否定も肯定もせず、静かに全てを受け入れる。静物に惹かれる心理はネクロフィリアと通ずるところがあるだろう。
標本にすることで物体は永遠の美しさを手に入れることとなる。変容する全てのものはその形を永久に留めてはいられない。可視的な姿形は勿論、不可視的なものに対しても同じことが言えるだろう。標本化する理由として考えられるのは、「完結させて永遠に遠ざけておきたい」という理由と、「美しいものを美しいまま永遠に掌握していたい」という二通りがあるだろう。この標本室では前者の理由で標本が製作されている。
封じ込めたい欲求と封じ込められたい欲求というのは似て非なるものなのだろうか。わたしの場合は両方理解することができる。イリスの場合は後者の念が強く、「自由になんてなりたくない、靴を履いたまま標本室で彼に封じ込められていたい」のだ。封じ込める側と封じ込められる側とを客観視するとなんとも官能的である。

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イリスは自ら標本製作に必要な手続きを済ませ、「登録番号、---と標本名、薬指」 (映画では薬指 300g)と表記したラベルを持って標本技師の待つ標本技術室へと赴き、扉の向こうの目映い光の中へと消えていくという結末。きっともう二度と扉の外へ出られる事はないのだろう…

ラベルの「薬指300g」という表記について。300gというと指一本にしては結構な重量ではないかと感じた。第三間接から切り落としたら 300g程になるのだろうか。気になり秤で量ってみたところ生卵約四個分の重さだった、生卵で換算しても伝わらないかもしれないが何故か生卵で量ってしまった。実際生卵四個300gを手にしてみると相当重い。薬指一本こんなに重いはずがない、自分の薬指の重さが分かるよう工夫しながら指を持ち上げてみてもせいぜい生卵1、2個分というところだ。この300g表記は絶対数値間違ってる。と思ったがこれはもしかして映画では両手の薬指を標本にしたのではないだろうか。よく考えてみるとラベルのどこにも左手薬指とは書いていない。きっとそうに違いない、もうそうとしか思えなくなった。薬指を左右対称に失う、これは明らかに意図的な欠損。なるほどお見事。

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追加された酒場のシーンは完全なる蛇足。ルームシェアという設定も同じく、物語の濃度を薄める要素のひとつになっている。標本室という独特な空間に閉じ込められていなければならないはずなのに、自由になりすぎている。
 
最後に、小説のラストの文を引用して終わりにしたいと思う。小説の文章のなかでも特に美しい一節なのだが、興味深いのは主人公の視点と薬指の視点の両方から書かれているという点である。現実と非現実の狭間のような夢幻的な映像がありありと目に浮かんでくる。

以下原文
「試験管のグラスに映るこの指が、もっと鮮やかで美しくありますようにと、わたしは祈った。保存液の中はたぶん、なま暖かく、静かなのだろう。サイダーのように冷たくもないし、泡の弾ける音がこもったりすることもない。液は爪の先から指紋の溝まで、すっぽりと包んでくれるし、口のコルク栓は、外の埃や雑音を防いでくれる。そして何より、標本技術室の扉は、分厚くて重い。だから安心して、身をまかせておけばいい。彼はわたしの標本を大事にしてくれるだろうか。時々は試験管を手に取り、漂う薬指を眺めてほしいと思う、わたしは彼の視線を一杯に浴びるのだ。保存液の中から見える彼の瞳は、一層澄んでいるに違いない。わたしは薬指をそっとしまい込むように掌を握り、標本技術室の扉をノックした。」 (小川洋子 薬指の標本 89-90)

薬指の標本薬指の標本
(2013/05/17)
小川洋子

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